わたしたち自身のこと

 カーサブルーがウエディングのペーパーアイテムや、会社さまの印刷物に携わって、長い年月が経ちました。これまで、夫婦ふたり二人三脚でトコトコと歩いてきましたが、まだまだこれからも必要としてくれるみなさまのお役に立ちたいと願っています。
 そんな私達ふたりについて、どうでもいいことかと思いますが(笑)、少しだけ自己紹介させてください。

ぼく(夫)のこと

 【経歴】
たいしてかっこいい経歴はありません。
■若い頃、地元 石川県金沢市の出版会社に勤めてました。そこで、広告や記事などのことから、印刷やその技術について学びました。

■その後、その知識をベースになんとなく独立。

■同僚であった奥さんが、なんと経済的になんの基盤も無い僕と結婚してくださいました。
奥さんは教員免許があって、小学校へ先生として勤務。
収入の少ない僕を助けて家計を支えていました。感謝しかない。

■退社した出版社時代のつながりからお客様を少しづつ増やし、仕事がなんとか増えていきました。
もちろん浮き沈みを激しくたいへんでした。

■昔ライバルであった大手の出版社から仕事が急増し(なんでやろ)、あまりの仕事の多さと、そのパワハラまがいの対応に心が折れて、しばらくの間、半分寝込みながら仕事をしました。しんどかった。

■その間、いろいろなことを学んだ気がします。家族とか、人生とか、仕事とか、こころの大切さなどいろんな角度から少しだけ経験として理解が進んだ気がする。
そう考えると、このしんどかった時代もありがたかったのかもしれません。

■いろいろな思いから、小学校の会長やらその他、責任あるものに前向きに取り組みました。
子供たちは成人を過ぎましたが、地元の学校の通学路で地道に安全隊をしてます。
(こんなことぐらいしかできない)

■そんな中、ある日、取引先の結婚式関連の会社さんの社長が、海外の雑誌を見せてくれた。
そこには海外のペーパーアイテムの写真があって、それに惚れこみました。
いろいろ調べて、製作する機械があることを知り、探し始め、破棄される予定のものを回収し修繕しました。

■当時は活版印刷という手法は、ただの廃れたものに過ぎませんでしたが、その製作にネットを活用し邁進しました。その時点では、ネットでもほとんど見られなかった印刷方式でしたが、数年後に、なぜか活版印刷会社が増え、業界が賑やかになりました。

■その間、ハンドメイドペーパーに惹かれ、その製造方法を研究。自分なりの紙質が欲しくて試行錯誤。数年かかりましたが、現在の紙質に落ち着きました。

■性格は、あわてんぼうで落ち着きがないです。ひとりで慌てて転げ回ってます。
たぶん奥さんは「また始まった!」と呆れ返っていると思います。

そんなこんなで現在があります。

奥さん(かみさま)のこと

【経歴】

■若い頃、僕と同じ 石川県金沢市の出版会社に勤めてました。そこで、広告や記事などのことから、印刷やその技術について学びました。

■その後、僕といっしょになってくださいました。
 ご両親にお願いに行ったときは肩身が狭かったです。

■教員免許をもっていて、小学校へ先生として勤務。
収入の少ない僕を助けて家計を支えていました。ありがとう!
僕が家にいて、奥さんが疲れて仕事から帰ってきたときの、あのなんとも申し訳ない気持ちと自分の情けない気持ちは今でも忘れません。

■仕事と子育てと両立しながら、いっしょに苦闘した日々でした。辛い思いもたくさんさせてしまったでしょう。
昔から、身体に不自由なところがあって、それがしんどそうで、それを治してあげるということが僕のひとつの夢でしたが、昨年それが叶いました。
不自由が自由になりました。僕がどうしたわけではなく、彼女が自分の力で成し遂げたんですが、でも夢だったので、最高にうれしかった!

■性格は、落ち着いている。
僕は、奥さんのことを「「GOD 神 かみさん」と思ってます。
あわてんぼうの僕とは対照的で、この落ち着いた奥さんは、ときどき神様が降りてきたかのようにアイディアや突破口を指南してくれる。ありがたい!しんどいときの神頼み、ママ頼みです。